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『認知症列車事故最判を考える』

弁護士ブログ

『認知症列車事故最判を考える』

弁護士 福田 直之

マスコミ等でも大きく取り上げられていたのでご存知の方もたくさんいらっしゃると思いますが、平成28年3月1日、最高裁は、認知症の高齢者の男性が駅構内に立ち入り、列車に轢かれて死亡した事故に関し、鉄道会社が遺族である妻、長男を相手に約720万円の損害賠償請求をしていた事案について、鉄道会社の請求を棄却する判決を出しました。

第一審は、妻、長男いずれについても責任を認め、約720万円の損害賠償請求を認容し、第二審は、妻のみの責任を認め、被害者との間の損害の衡平な分担を図る趣旨から、損害賠償請求額の半額である約360万円の請求を認容していましたが、最高裁では、妻、長男の責任をいずれも否定しました。第一審、第二審、最高裁ですべて結論が異なるということはかなり珍しいように感じます。

民法714条1項において、「責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」と規定されています。今回の事案は、亡くなった高齢者の男性が認知症に罹患しており、「責任無能力者」であるとされたことから、妻、長男が「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」、すなわち、「監督義務者」に該当するかどうか問題となりました。

この点、第一審は、妻、長男は、「監督義務者」には該当しないものの、妻に関しては、民法709条の不法行為に基づく損害賠償責任、長男に関しては、事実上の監督者に該当するとして、民法714条2項を準用して損害賠償責任を認めました。

第二審は、妻は、「監督義務者」に該当し、長男は該当しないという判断で、妻のみに損害賠償責任を認めました。妻は配偶者であり、夫婦は同居・協力扶助義務(民法752条)があることから、他方配偶者の見守りや介護等を行う身上監護の義務があるとし、長男に関しては、直系血族の扶養義務(民法877条1項)は経済的な扶養を主としたものであって、同居して身上監護をすることまでを内容としていないということをそれぞれ理由としています。

最高裁は、これらと考え方を全く異にし、妻、長男は、いずれも「監督義務者」には該当しないとして民法714条1項の損害賠償責任を否定した上で、「監督義務者に準ずる者」にも該当しないとして、民法714条1項類推適用による損害賠償責任も否定しました。

第二審との関係では、配偶者である妻については、民法752条の同居・協力扶助義務は、第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課すものではなく、直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎づけることはできないとして、同居している配偶者であるということだけを理由として「監督義務者」に該当するとはいえないと判断しました。

 その上で、「監督義務者」に該当しない場合でも、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、法定の「監督義務者に準ずる者」として民法714条1項の類推適用がされるとしつつ、妻に関しては高齢であり自らも介護を要するような状況であったことなどを理由として、長男に関しては長期間同居をしていなかったことなどを理由として、「監督義務者に準ずる者」にも該当しないとし、損害賠償責任を否定しました。

本件の事案については、裁判例から読み取れる事情からみれば、かなり熱心に在宅での介護に取り組んでいたご家族であったようであり、結論としては妥当なものであると思います。

一方で、最高裁の考え方によれば、熱心に介護に取り組んでいるご家族であればあるほど「監督義務者に準ずる者」として、民法714条1項の類推適用により、損害賠償責任が認められる可能性が高くなります。また、どの程度の関与をすれば責任が認められるのか、明確かつ客観的な基準があるわけではなく、個別具体的な接触状況等の事情により判断されるため、自分が責任を問われる立場なのか否か不安な地位のまま介護を続けなければならないなどというおそれもあります。介護に全く関心を示さなければ、少なくとも民法714条1項類推適用の損害賠償責任が発生する余地はありませんので、そうであれば、在宅での介護に消極的になり、施設等への入所を勧めるというご家族も出てくる可能性は否定できません。こうなれば、できる限り在宅で介護等をしていこうという現在の社会的な流れに逆行することにもなります。

また、今回の件は、責任無能力者が亡くなり、その遺族に対して、鉄道会社が訴えを提起したという構図でもあることから、結論が妥当であると考える方も多いと思いますが、鉄道会社にも多大な被害が発生していたことは紛れもない事実です。

被害が発生したものが一個人とか、中小企業であれば、その被害結果により受ける影響はより重大ですし、これが、責任無能力者が交通事故を起こし、被害者が亡くなったというような事案であった場合などであれば、どうだったのかいろいろ考えさせられるところです。

このような痛ましい事故は現時点においても発生しています。

在宅での介護等が後退しないように、痛ましい事故によって被害者が発生するのを最大限回避できるように、そして、仮に、痛ましい事故が発生したとしても、被害者の被害回復が適正にできるような社会的な仕組みを整えていくことが必要です。

国においても補償制度等を検討しているようであり、その制度化も待たれるところですが、ご家族、医療、福祉関係者、法律家などが個別の事案毎に一緒に頭を抱え、知恵を出し合い、どのようにしていったら高齢者等の方々のために良いか議論、検討していくことも重要と思います。

弁護士 福田直之

弁護士 福田 直之

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