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人身傷害補償保険と保険会社の求償権の範囲
2009年07月23日
人身傷害補償保険とは、自動車の運行に起因する事故等であって、急激かつ偶然な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を負うこと(人身傷害事故)によって、被保険者等が被る損害に対して、人身傷害補償条項および一般条項に従って保険金(人傷保険金)を支払うものであり、この保険金は、被保険者に当該事故に関する過失がある場合であっても、故意または極めて重大な過失がない限り、被保険者の過失の有無またはその割合に関係なく、支払われるものです。この場合に支払われる保険金の金額は、保険者(保険会社)が定める基準に基づいて認定される損害額を填補するものであり、裁判手続で認定される損害額とは別個のものです。
今回は、被保険者(被害者)に過失がある事案において、人傷保険金が支払われた場合、保険会社が代位取得できる損害賠償請求権の範囲について、興味深い判例が出ているので、検討してみたいと思います。
一つ目は、東京地方裁判所平成19年2月22日判決①です。事案は、原告(被害者・被保険者)が自転車で道路を横断中、加害者の小型貨物車に衝突され脳挫傷等の傷害を負うとともに、4級の後遺障害を残した事故です。この事故において、原告に20%の過失が存在することは当事者間に争いがありませんでした。原告は、本訴訟提起に先立ち、保険者(自らが契約する任意保険会社)から人傷保険金約530万円を受領した上で、本訴訟で6300万円余りを請求しました。この請求に対し、被告(加害者の任意保険会社)は、保険者(原告の任意保険会社)が原告に対して人傷保険金530万円を支払ったことにより、原告が被告に対して有する同金額の損害賠償請求権を一部喪失したと主張しました。そこで、保険会社が人身傷害保険契約に基づいて保険金を支払った場合に、被害者の加害者に対する損害賠償請求権をどの範囲で代位取得するのかが問題となったのです。
二つ目は、東京高等裁判所平成20年3月13日判決②です。事案は、交通事故により傷害を受けた原告が、加害者および車両の運行供用者に対して、損害の賠償を求めたもので、上記の事案と同様に、原告は自らが契約する保険会社から人傷保険金を受領した上で、本訴訟に及んだところ、被告から、保険会社の請求権の代位取得により、原告が損害賠償請求権を一部喪失した旨の主張がなされたものです。本訴訟において、原告の当該事故における過失割合は90%であると判断されています。
いずれの判例においても、裁判所は、人傷保険金を支払った保険会社が代位取得する被害者の加害者に対する損害賠償請求権の範囲について、「保険会社は、支払った人傷保険金が訴訟における被害者の過失割合に対応する損害額を上回るときにはじめて、その上回る額についてのみ、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する(被害者は、その限度で加害者に対する損害賠償請求権を喪失する)」という訴訟基準差額説を採用し、判例②がさらに具体的計算方法として、人傷保険金と損害賠償金との合計額が保険金請求権者(被害者・被保険者)の損害額の全額を上回る場合に、保険会社はこの上回る部分のみを代位取得するとしたのです。
理由は、人身傷害補償保険契約は、被害者が、自らに過失のある事故であっても、保険金と損害賠償金とを合わせて、その損害の全部の填補を受けることができるようにするために締結するものと解するべきであり、保険会社が人傷保険金を支払った場合の損害賠償請求権の代位取得に関する約款の規定(保険代位の範囲は、保険会社の支払った保険金額の範囲内で、かつ、保険金請求権者(被害者・被保険者)の権利を害さない範囲内であると定めている)を見れば、これは保険金と損害賠償金との合計額が保険金請求権者(被害者・被保険者)の損害額の全額を上回る場合についてのみ、この上回る部分のみを代位取得すると解するのが相当だからというものです。
分かりやすく例を挙げると以下のようになります。
ある交通事故で被害者が傷害を負い、訴訟をすれば1000万円と認められる損害を受けました。しかし、この事故においては、被害者にも過失が40%存在したため、被害者が加害者に対して請求できる損害賠償額は、600万円でした。
一方で、この被害者は人身傷害補償保険に入っており、この保険会社の基準によれば被害者の損害は700万円と認定されるものでした。人傷保険金は被害者の過失の有無程度にかかわらず支払われるものであるため、被害者はまず人傷保険金700万円の支払いを受けた上で、加害者に対して600万円の損害賠償請求訴訟を提起しました。
上記判例の考え方によれば、保険会社は、人傷保険金(700万円)と損害賠償金(600万円)との合計額(1300万円)が、被害者の損害額全額(1000万円)を上回る部分(300万円)について、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得し、その限度(300万円)で、被害者は加害者に対する損害賠償請求権を喪失することになります。そのため、被害者は、人傷保険金を受領したことで、加害者に対して請求できる損害賠償額が600万円-300万円=300万円となり、他方、保険会社は加害者に対して、代位取得した損害賠償請求権に基づき300万円を請求できることになります。
この場合、被害者は、保険会社から受け取った保険金700万円と、加害者から受領する損害賠償金300万円の合計1000万円を受け取ることができ、結果、当該事故で受けた(裁判所認定の)損害額全額の填補を受けることができるのです。
しかし、この見解には問題があります。というのも、人身傷害補償保険の約款には、被害者(被保険者)が加害者等から損害賠償金の支払いを受けた場合には、それによって賄われなかった分の損害についてのみ人傷保険金を支払うという計算規定があるからです。ここでいう「賄われなかった分の損害」とは、訴訟で認められた損害(上記の例で言うと1000万円)を基準に計算するのではなく、保険会社の規定による「損害」(上記の例で言うと700万円であり、多くの場合、裁判所認定のそれよりも低額である)を基準に算出されるものなのです。そして、この約款の存在ゆえに、上記の見解を形式的に適用すると、被害者が人傷保険金を受ける前に加害者に対する損害賠償請求訴訟を起こし、加害者から損害賠償金を受け取った後に、足りない分を人傷保険金で賄おうとした場合、人傷保険金を先に受け取った場合よりも、最終的に受け取る金額が少なくなってしまうのです。
上記の例で言えば、被害者が加害者から損害賠償金600万円の支払いを受けた後に、保険会社に人傷保険金の支払いを請求したとします。保険会社は、被害者の損害を自社の基準に基づいて算出しますので、その損害額は700万円です。そして、約款の規定に従い、加害者から受け取った損害賠償金600万円分をこの人傷保険金額から控除することになるので、被害者が受け取ることができる人傷保険金は、100万円(700万円-600万円)となります。結果、被害者が最終的に受け取ることができる金銭は、700万円(損害賠償金600万円+人傷保険金100万円)となり、先に人傷保険金を受け取った上で訴訟をした場合(1000万円)よりも、300万円少なくなってしまうのです。
この不都合について、上記の判例②は、加害者に対する損害賠償請求権と人身傷害補償保険の保険金請求権のどちらを先に行使するかによって保険金請求権者の支払を受けることができる総額が異なるとするのは相当ではないから、本件計算規定においても、保険金の計算に当たって控除することができる金額を保険金請求権者(被害者)の権利を害しない限度に限定して解釈するのが相当であると判示しています。
しかしながら、かかる判例の見解に対する保険会社の対応は明らかではありません。
上記判例②の見解は、あくまで高裁レベルの判断ですので、今後、異なる見解に基づく判決が出る可能性があります(地裁レベルでは異なる見解(人傷基準差額説)に立つ判例が存在します(大阪地方裁判所平成18年6月21日))。
とはいえ、裁判所の見解および保険会社の取扱いが定まっていない現段階においては、自らに過失のある交通事故においては、先に人傷保険金を受け取っておいたほうが得策かもしれません。










