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法律コラム

保険法改正

2008年06月09日

弁護士 野谷聡子

平成20年3月5日、保険法(商法第二編第十章)改正案が第169回国会に提出されました。

保険法とは、保険契約(当事者の一方が一定の事由(例えば、交通事故)が生じたことを条件として財産上の給付を行う(例えば、保険金を支払う)ことを約し、相手方がこれに対して保険料を支払うことを約する契約)の成立、効力、履行、終了について定める法律です。これまで保険法は、商法の中にその一部として設けられていました(第二編第十章)。商法といえば、商人の代表格である会社について定めていると思われがちですが、会社については会社法という法律が別に存在します。会社についての定めもかつては商法の中にあったのですが、会社法として別に定められることになり、商法から独立したのです。結果、商法は、全851条から成るものの、33条から500条までが存在しない(会社法成立に伴い削除)という、何とも不思議な体裁の法律になってしまったのです。今回の改正で、保険法も商法から独立することになりました。

また、法律の中には、未だにカタカナ文語体で定められたものが存在します。保険法もそうでした。今回の改正により、保険法もひらがな口語体表記となるのです。

今回の保険法改正の内容の中でも、ここでは責任保険契約についての先取特権の新設についてお話したいと思います。

責任保険契約とは、ある者(保険契約者であり被保険者)が第三者に対して損害賠償責任を負担することによって生じる損害を填補する保険契約を言います。この場合の登場人物は、3者― 保険会社、被保険者(保険契約者)、第三者―です。典型的な場合として交通事故を例に考えると、交通事故の加害者である被保険者(保険契約者)と、この被保険者と損害保険契約を締結している損害保険会社、この交通事故の被害者という第三者という構図です。今回の改正は、被害者の保護をより厚くするため、被保険者(保険契約者)が保険会社から受け取る予定の保険金から、被害者が優先的に支払を受けられるようにしたほか、被保険者(保険契約者)がこの保険金を請求できる権利を他人に譲り渡したり、質権を設定するなどして、賠償金を被害者に支払うことができなくなるという事態を避けることができるよう、原則としてこれらの行為を禁止しました(改正法21条)。

(責任保険契約についての先取特権)

第21条 責任保険契約の被保険者に対して当該責任保険契約の保険事故に係る損害賠償請求権を有する者は、保険給付を請求する権利について先取特権を有する。

2 被保険者は、前項の損害賠償請求権に係る債権について弁済をした金額または当該損害賠償請求権を有する者の承諾があった金額の限度においてのみ、保険者に対して保険給付を請求する権利を行使することができる。

3 責任保険契約に基づき保険給付を請求する権利は、譲り渡し、質権の目的とし、または差し押さえることができない。ただし、次に掲げる場合はこの限りでない。

一 第一項の損害賠償請求権を有する者に譲り渡し、または当該損 害賠償請求権に関して差し押さえる場合

二 前項の規定により被保険者が保険給付を請求する権利を行使することができる場合

被害者が、被保険者の保険会社に対する保険金請求権について先取特権を有するということ(特別の先取特権)は、被保険者について破産手続や再生手続、更生手続の開始決定があった場合に特に意味を持ちます。破産手続についてお話をすれば、破産手続が開始すると、債務者(保険との関係でいえば、被保険者)の財産は、原則として債権者への弁済の原資となります。債務者(被保険者)の保険会社に対する保険金請求権も、一定の金銭の支払を請求できる権利ですから、債務者(被保険者)の財産(破産財団所属の財産)として債権者への弁済の原資となるのが原則です。

債務者は債務を負担している一方、その債務を返済できるだけの財産を有しないために破産手続開始の申し立てをするのですから、被害者に損害賠償金を支払うための財産がないことは容易に想像できます。そして、債務者(被保険者)は、保険会社から支払われる保険金を被害者への賠償金の支払に充てようにも、破産手続が開始されると、それもできなくなるのが原則なのです。つまり、被害者は、加害者が破産することにより賠償金を受け取ることができなくなり、被害回復が図れないことになってしまうのです。

しかし、被害者に債務者(被保険者)の保険会社に対する保険金請求権に特別の先取特権が認められると、この保険金請求権について、被害者に優先的な地位が与えられるのです。特別の先取特権は、破産手続上、別徐権という地位が与えられています。別徐権とは、債務者について破産手続が開始しても、一定の目的財産から破産手続によらずに、破産債権者に優先して個別的な満足を受けることができる地位です。この規定により、被害者の被害回復を図ることができるのです。

もっとも、この改正法には問題が残されています。その一つに「破産手続によらずに個別的な満足を受ける」際の現実に採りうる方法に関するものがあります。すなわち、先取特権を実行するためには、「担保権の存在を証する文書」を裁判所に提出して差押命令の申し立てをするのですが(民事執行法193条、143条)、この保険法により定められた被害者の保険金請求権に対する特別の先取特権の「存在を証する文書」は、そう簡単に用意できるものではないと思われるのです。被害者が、損害の発生とその額だけでなく、その損害について加害者(被保険者)が責任を負うことをも証明できる書面として、どの程度の文書で足りるとされるのでしょうか。判決文や和解調書があれば話は早いのですが、そうでない場合には、保険法の規定にもかかわらず被害回復が図れない事態が予想されます。どの段階にある被害者を保護すべきなのか、その線引が果たして可能なのか、そもそも線引が許されるのか、保険金からの優先的被害回復という法の目的を可及的に実現できる解釈運用が今後模索されることになります。

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