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法律コラム

無罪推定

2008年04月25日

弁護士 仲世古善樹

いよいよ来年から(遅くとも5月までに)裁判員裁判が始まります。裁判員制度は、皆さんが一定の犯罪の刑事裁判の審理に出席して証拠を検討し、裁判官と対等に議論して、被告人が有罪か無罪か、有罪だとしてどのような刑罰を宣告するかを決める制度です。来年の今頃、ひょっとしたら、あなたは、法廷の裁判員席に座っているかも知れません。

あまり知られていないのですが、日本において、戦前、陪審法という法律があり、裁判員制度と同じように市民が刑事裁判に参加する制度である陪審員制度が存在しました。もっとも、この制度は定着せず、1943年に陪審法は停止されるに至りました。余談ですが、陪審法は、「廃止」されたのではなく、「停止」されたにすぎないので、現在でもその効力が停止されたまま法律として生き続けています。

さて、皆さんが裁判員として被告人が有罪か無罪かを判断する際、どうしても知っておかなければならない刑事裁判の大原則があります。それは、「無罪推定の原則」です。「疑わしきは被告人の利益に」とか「疑わしきは罰せず」などと言われることもありますが、要するに、被告人は裁判で有罪と判断されるまでは無罪として、つまり普通の市民として扱われるということです。

時々、「何で弁護士は悪い人の弁護をするの?」と聞かれることがあります。しかし、「無罪推定の原則」からすると、この質問自体に大きな間違いがあります。それは「悪い人」と認定している点です。これから、被告人が「悪い人」か否か、つまり有罪か無罪かを決める裁判をするのに、その前に「悪い人」と判断するのは大間違いです。

そして、被告人は有罪の判決を受けるまで無罪として推定されるのですから、その帰結として、被告人を「有罪」とするのは、検察官が被告人の有罪を十分に証明したときだけ、ということになります。ここで、検察官による証明が「十分」である場合とは、「普通の一般的な人の感覚で合理的な疑問を残さない程度」をいいます。ですから、検察官の証明に「疑問の余地はない」と確信してはじめて有罪にできるということになります。一方、「検察官は、十分に証明できていない、ちょっとだけなんだけど疑問が残る」と感じた場合、被告人を「無罪」としなければなりません。

このように、十分な証明ができている場合にだけ「有罪」で、それ以外は「無罪」になるのですから、すなわち「無罪」とは、「犯人ではない」という意味ではなく、「検察官の証明が十分ではないとき」「確信まではできないとき」という意味なのです。刑事訴訟法第336条にも「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。」と書いてあります。

ここまでお話すると、「そんなこと言ってたら犯人を逃してしまうじゃないか。」という声が聞こえてきそうです。

でも、それでいいんです。間違って無実の人に刑罰を科してその人の人生をメチャクチャにしてしまうことに比べたら、犯人を逃すことの方が全然ましです。「無罪推定」は、1件たりとも冤罪を生まないための制度なのです。

「無罪推定」を説明する際、よく取り上げられるお話があるので、最後にこれをご紹介します。

今、目の前に100人の被告人がいるとします。これから判決をしなければならないのですが、その100人の被告人の中に、たった一人だけ無実の人がいます。それが誰なのかは、どう調べても分りません。さて、どうすべきでしょうか、というものです。

「無罪推定」という原則が分かっていたら答えは簡単です。全員を無罪にするのです。99人の犯人を逃してでも、たった一人の冤罪被害者を生まない。これがたとえ1,000人だろうが10,000人だろうが答えは同じです。

この結論に疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれません。でも、その無実の一人が、自分とか、自分の大切な人だったら、と考えてみてください。きっと、誰だって、犯人を逃してもいいから、私(あるいは、私の大切な人)をどうか助けてください、と主張するでしょう。

裁判員として法廷に入るとき、ぜひ、「無罪推定の原則」を思い出して下さい。

以上

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