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民法改正・解説コラム 第7回「相殺権」

弁護士ブログ

民法改正・解説コラム 第7回「相殺権」

弁護士 根岸 優介

第1 はじめに

今回の民法改正では、相殺に関する規定もいくつか修正が加えられました。今回のコラムでは、このうち特に重要である2点について解説します。

第2 そもそも、「相殺」ってなに?

改正点について触れる前に、そもそもの概念である「相殺」について解説します。

1 典型事例

AさんがBさんに対して、1億円を貸し付けました。ところがBさんは支払い期限になっても弁済をしてくれません。そこで、AさんはBさんに対して、1億円の弁済を求めて裁判所に訴えを起こしました。

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2 解説

この事例では、BさんはAさんから1億円を借りていますので、Aさんに1億円を返さなくてはなりません。そこで、裁判所は、Bさんに対して「Aさんに1億円を支払え」という判決を下すことになります。

ところが、Bさんは3年前にAさんに5000万円を貸しており、弁済期が到来しているにもかかわらず、Aさんは一切弁済を行っていなかったという事実があればどうでしょうか。

Bさんとしては、Aさんから5000万円を返してもらっていないにもかかわらず、1億円を弁済するのは不公平ではないかと思うはずです。

そこで、BさんはAさんから「借りた」1億円と、Aさんに「貸していた」5000万円を相互にぶつけ合い、差額の5000万円だけをAさんに返すことができます。これが「相殺」という制度です。

※この制度は、債務者が無資力(無資力とは、簡単に言えば財産がない状態のことを指します。)となった時にも威力を発揮します。

なぜならば、債務者が無資力となった場合、債権者は債権を回収することができなくなりますが、相殺によって債権を回収したのと同様の経済的効果を得ることができるからです。

このように、債務者が無資力になったとしても、相殺によって独占的に債権の回収ができることになり、そこには強力な担保が付されているのと同様となりますので、この機能のことを「相殺の担保的機能」などと呼びます。

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現行民法の規定に当てはめると、「2人(AさんとBさん)互いに同種の目的を有する債務(1億円と5000万円の貸金債務)を負担する場合において、双方の債務が弁済期(お互いに支払時期が到来していること)にあるときは、各債務者は、その対当額(今回の事例では5000万円)について相殺によってその債務を免れることができる。」となります(民法505条1項)。

なお、「同種の目的を有する債務」とは、その種類(典型的には、金銭債務)が同じであればよいので、例えば買掛金や契約違反(債務不履行)の損害賠償債務などでも構いません。

第3 改正点について

それでは、特に重要な改正点についてみていきましょう。

1 改正点1(相殺禁止範囲の見直し)

(1)現行民法の規定

現行民法509条は「債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。」と規定しています。

つまり、お互いに金銭債務を負担していたとしても、その債務が不法行為によって発生したものは相殺の対象とはできないということになります。

なぜこのような規定がなされているかというと、たとえば先ほどの典型事例において、Bさんがいつまでも1億円を返さなかったことに腹を立てたAさんが、Bさんに殴る蹴るの暴行を加え、Bさんを寝たきり状態にさせてしまったというケースを想定してみてください。

Aさんは暴力という違法な行為を用いて、Bさんを寝たきり状態とさせてしまいましたので、Bさんに対して不法行為に基づく(多額の)損害賠償債務を負うことになります。しかし、他方で、BさんはAさんに対して1億円の貸金債務を負っているので、仮にこの規定がなければ、Aさんは不法行為に基づく損害賠償債務をもって相殺ができてしまうことになります。

このように、すべての債務について相殺が認められてしまうと、不法行為を誘発するおそれがあることから、現行民法は不法行為債務を相殺禁止としているのです。

(2)改正法の確認

しかしながら、一口に不法行為と言っても、その発生経緯は様々であり、違法性も重大なものから軽微なものまでバリエーションに富んでいます。

そこで、簡易な決済という相殺の利点を生かすため、今回の改正では、相殺禁止の対象を必要な範囲に限定することになりました。

具体的には、①悪意による不法行為に基づく損害賠償にかかる債務、②人の生命又は身体の侵害に基づく損害賠償にかかる債務(①に該当するものを除く。)を相殺禁止の対象としてその範囲を限定するとともに、①②の債務に該当する場合であっても、他人から取得したものであれば、相殺に用いることが可能となりました。

この規定により、例えば交通事故の物損事故のように、①②に該当しない不法行為債務であれば相殺が可能となるため、より柔軟に事案の処理ができることとなりました。

なお、①の「悪意」とは、「損害を与える意図」と説明されていますが、表現が抽象的であるため、今後その解釈をめぐって問題となる可能性があることには注意が必要です。

2 改正点2(差押えと相殺の優劣)

(1)現行民法の規定

現行民法511条は「支払の差止めを受けた第三債務者は、その後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができない。」と規定しています。一読してもすぐに頭に入ってきませんので、先ほどの典型事例に当てはめて見てみましょう。

典型事例では、BさんはAさんに対して1億円を弁済しなければなりませんので、裁判所はBさんに対して「Aさんに1億円を支払え」という判決を下します。

ところが、Bさんは判決が出た後もAさんに1億円を返済しなかったと仮定しましょう。この場合、Aさんは判決に基づいてBさんの財産を強制的に差し押さえることができるようになります(強制執行と呼ばれる手続です。)。

仮に、BさんがZ銀行に預金を1億円預けている場合には、AさんはZ銀行に対してBさんの預金債権1億円を差し押さえることができます。

他方で、Z銀行は、差押えの直後にBさんに対する2億円の金銭債権をP社から譲り受けたとしましょう。この場合、Z銀行は差押えの後にBさんに対する2億円の金銭債権を取得したことになりますので、AさんはZ銀行に優先して、預金債権1億円を回収することができます。

先ほどの条文に当てはめれば、「支払の差止めを受けた第三債務者(Z銀行)は、その後に取得した債権(P社から譲渡を受けた2億円の金銭債権)による相殺をもって差押債権者(Aさん)対抗することができない(AさんがZ銀行に優先する)。」となります。

(2)判例法の条文化

 それでは、Aさんが差押えを行った時点で、Z銀行が差押えよりも前にBさんに3億円を貸し付けており、Aさんが差押えを行った時点において、この債権の弁済期がいまだ到来していなかったというケースはどうでしょうか。

 

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このケースでは、Aさんによる預金債権の差押時にZ銀行のBさんに対する3億円の貸金債権自体は発生していることになりますが、弁済期が未到来であるため、BさんとしてはZ銀行に対してまだ3億円を弁済する必要がありません。

すなわち、この場合において、差押債権者であるAさんを保護するのか、それともZ銀行の相殺への期待・利益を保護するのかが、従来問題となっていました。

この点につき、判例は、受働債権(BさんのZ銀行に対する預金債権1億円)の差押え前に取得した債権(Z銀行のBさんに対する貸金債権3億円)を自働債権とするのであれば、自働債権と受働債権の弁済期等の先後にかかわらず、相殺できると判断しましたので、実務ではこの判例に従った運用がなされるようになりました。

つまり、このケースではZ銀行の相殺への期待・利益が差押債権者であるAさんよりも保護されるということになり、Z銀行はBさんに対する貸金債権3億円と、BさんのZ銀行に対する預金債権1億円とをAさんに先立って相殺することができるということになります。

(3)改正法の確認

改正法では、このケースにおける判例を条文化し、差押え前に取得した債権であれば、弁済期の先後にかかわらず相殺できることが明文化されました。さらに、差押え前の原因に基づき生じた債権を自働債権とする相殺についても、差押債権者に主張できるということも規定されました。

第4 まとめ

以上が、今回の民法改正における相殺分野の重要な改正点となりますが、このほかにも相殺禁止の意思表示に関する点や、相殺の充当方法なども一部修正が加えられており、注意が必要です。

いずれについても、専門的な判断が必要となりますので、お互いに債権を持ちあう関係にあって相殺処理をされている、あるいは、これから相殺しようという場合には、しっかりとした整理をしておくことが大切だと思いますので、弁護士に相談して対応することをお勧めします。

根岸 優介
弁護士 根岸 優介

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