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遺産分割における生命保険をめぐる争い

弁護士ブログ

遺産分割における生命保険をめぐる争い

遺産分割はいつの時代も親族間に争いを生んできましたが、実は遺産分割の問題は、その人が亡くなった時点で残されていた財産(遺産)だけが対象となるものではありません(この場合の亡くなった方を「被相続人」といいます。)。むしろ、「遺産」として残された財産よりも、それ以前に様々な理由で被相続人の財産から逸出したものがどれくらいあるのか、それが誰の手に渡ったのか、その事実を遺産分割の話し合いの際にどのように考慮するのか、といったことが大きな問題となります。今回は、常にご相談依頼の途切れない遺産分割の問題のうち、生命保険金をめぐる争いについて、相談事例をもとにお話ししたいと思います。

【相談事例】

 昨年、父が亡くなりました。遺言はありません。父が亡くなった時に残されていた財産(遺産)は、定額貯金1200万円だけでした。母は5年前に亡くなっていますので、相続人は私と弟、妹の3人です。遺産分割は、父の定額貯金を3人で400万円ずつ分けて終わりだと思っていたのですが、先日、父の遺品を整理したところ、父が生命保険に加入していて、生命保険金900万円の受取人が弟に指定されていたことが分かったのです。弟は、この生命保険金は自分一人のものであり、私達には分ける必要はない、さらに、父の定額貯金についても、400万円を受け取る権利があると言い出しました。弟の言うとおりに父の定額貯金を分けなければならないのでしょうか。

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1. 特別受益とは?

「遺産分割」という言葉を一般用語として素直に捉えれば、被相続人(相続される人のことです。)が亡くなった時点で、被相続人が有していた財産が「遺産」であり、それを分けるのが「遺産分割」だ、ということになりそうです。しかし、実際には、被相続人が亡くなる前に、相続人の一人が被相続人の預金口座から高額の払い戻しを受けている場合や、被相続人が長年にわたりその財産から保険料を支払ってきた生命保険契約の高額な保険金の受取人が、相続人のうちの一人に指定されている場合があります。その場合、被相続人が亡くなった時点で残されていた財産だけを相続人全員で平等に分けるのでは、あまりにも不公平です。法律は、このように、相続人の一部が被相続人の財産から特別な利益を受けていた場合、これを「相続分の前渡し」と評価して、計算上、この分を被相続人の財産に戻して相続分を算定する方法をとるものと定めました(民法903条1項)。このような算定方法を「特別受益を相続財産に持ち戻す」といいます。

2. 生命保険金が引き起こす不公平

今回の相談事例で問題となっているのは、生命保険金です。生命保険契約では、受取人を契約者である被相続人自身としたり、単に「相続人」と定めたり、血縁関係のない第三者と定めたり、と様々な場合がありますが、今回は相続人の一人である弟さんが受取人に指定されています。弟さんは、生命保険金は遺産とはまったくの別物であるとして、定額貯金1200万円を兄弟姉妹で等分しようと言っているのですが、それでは弟さんは父親の死亡により、生命保険金と定額貯金3分の1の合計1300万円を手にするのに対し、相談者と妹さんは400万円しかもらえないことになってしまいます。

3. 生命保険金は相続財産か?

このような事態を解決する方法として、まずは、生命保険金(あるいは、生命保険金を請求する権利(生命保険金請求権))自体が相続財産そのものである(相続財産に含まれている)とすることが考えられますが、判例・学説では、生命保険金は、保険契約の効果として、指定された保険金受取人が直接取得するものなので、相続財産には含まれない(一旦、相続財産に帰属した後に、保険金受取人が相続するものではない)と解しており、この解釈は今日では揺るがないものといえます。

4. 生命保険金は特別受益か?

そこで、次なる手段として考えられるのが、生命保険金を「特別受益」として、相続財産に「持ち戻して」算定する、という方法です。生命保険金は相続財産そのものではないとしても、計算上、相続財産に戻して、生命保険金を加算したものを相続財産とみなして(これを「みなし相続財産」といいます)、分割をしようというものです。では、今回の事例で、生命保険金は持ち戻すべき特別受益といえるのでしょうか。

5. 最高裁判所の判断は

相続人の一人が保険金受取人に指定されていた養老生命保険契約に基づく生命保険金(生命保険金請求権)に関し、最高裁判所が下した決定があります(最高裁第二小法廷平成16年10月29日決定)。これによると、養老生命保険契約に基づく生命保険金又は生命保険金請求権は、原則として特別受益にあたらないものの、共同相続人間において著しい不公平が生じる場合には、事案に応じて民法903条の類推適用により、持ち戻しを認めるとされました。不公平の程度が著しいかどうかを判断する要素としては、保険金の額や、保険金の額が遺産の総額に占める割合、被相続人と保険金受取人との同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなど、保険金受取人である相続人と被相続人との関係、保険金受取人でない他の相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情が挙げられていますが、これらに限定されるものではありません。

6. 生命保険金の持ち戻しは認められるか?

今回の相談事例をこの最高裁判所の決定に示された考え方に従って検討するならば、例えば、保険金受取人として指定された相続人である弟さんが、自身の事業で成功して裕福な生活をしており、被相続人である父親とは音信不通で生前の交流がほとんどなく、他方、相談者や妹さんが父親を介護し、あるいは、同居してその生活を援助していたような事情がある場合には、生命保険金の額(900万円)が遺産の額(定額貯金1200万円)の75%にも及ぶことを併せ考えると、相続人間に著しい不公平が生じるとして持ち戻しが認められる可能性があります。

7. 弟に定額貯金の一部を渡さなければならないのか

生命保険金の持ち戻しが認められる場合でも、生命保険金の全額を持ち戻すのか、その一部なのか、持ち戻す範囲についても争いになりますが、仮に、生命保険金900万円全額を相続財産に持ち戻すとすれば、みなし相続財産は生命保険金と定額貯金の合計2100万円となります。これを法定相続分(3分の1)で割ると700万円です。弟さんが受け取る特別受益(生命保険金900万円)は、この700万円を上回っていますので、弟さんは父親の定額貯金について相続分を持ちません。そのため、父親の定額貯金は、相談者と妹の2人で分けることになり、弟さんに渡すものはないということになります。

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8. 実現できる「公平」

なお、この場合でも、弟さんは、父親の死亡により、相談者や妹よりも多くのお金を手にしますが(生命保険金900万円)、この多い分を相談者や妹に分ける義務はありません(民法903条2項)。つまり、特別受益として持ち戻しが認められる場合であっても、各相続人の相続分が完全に平等になるわけではありません。これは、民法903条が目指す相続人間の公平が、この限りで達成されるにとどまるということを意味しているからであり、この点は致し方の無いことといえます。

遺産分割の問題は、今回取り上げた生命保険金の他にも多岐にわたります。相続に関して疑問を感じたとき、あるいは、これから相続を控えて準備しておきたいときなどは、是非一度、当事務所にご相談ください。

弁護士 野谷 聡子

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